A MIRACLE FOR YOU  2 
                      (3)



いつもは時間なんて、飛び去るような勢いで過ぎていくのに。
今日は、どうにもこうにも意地悪だ。
あと、たかだか数分のこととなのに、"この時計、壊れちゃったんじゃないの?"と思うくらい、デジタルの数字は変わるのが遅い。

100円ショップで買ったやつだからかな。本当に壊れているのかも。
もしかして、この時計だけが狂っていて、実際の時間はもうとっくの昔に4月19日を過ぎているのかもしれない。
オレだけが、19日というの時間の中で、バカみたいに落ち込んで膝を抱えているのかもしれない。
そんな風にも思えてくる。

「あと2分…」

あと2分で、いつもの自分に戻れる。
何か目に見えないものにのしかかられているような重さから、これで解放される。
…あと1分40秒。
気持ちがじりじりする。
胸やけのような、奇妙な不快感。
立てた自分の膝の上に顎をのせて、腕の時計を祈るような気持ちで見ていた銀次が、大きな溜息を1つつくと、ついに弱音のような呟きを漏らした。

「あー、もう何でもいいから、時間、早く過ぎちゃってよー」




『まあ、待てや』




それに答えるかのように、突如頭の中に声が響いた。




…え?




聞き覚えのある、忘れるはずもない声が、笑いを含んで銀次に言う。




『そう、せかすなって』




今度もはっきりと聞こえたその声に、銀次がはっと瞳を見開き、驚いたように顔を上げた。
暗い広場に、その声の主を探す。
「蛮ちゃん?」
だが、それらしい人影はなく、銀次が空耳だったのかな?と再び項垂れようとした時。
それと、ほぼ同時に。
背後の大観覧車がウィーンと機械音を上げ、赤や青の明かりが煌々と点され、ぎょっとしたように振り向く銀次の瞳の先で、眩い光を放ってゆっくりと廻り出した。

「え、え? な、なんでいきなり動き出したの? 深夜営業ってワケじゃないよね?」

半ば混乱しつつそれを見上げ、片膝をついてのろのろと立ち上がる。
夢でも見ているのかと思い、2,3度ぱちぱちと瞬きをして、ごしごしと目を擦ってみた。
だが、確かに観覧車は回っている。
夜空に、明るい光を放ちながら。

ど、どういうこと?
いったい、どうなっているんだろう。

思いながらも、その不思議な光景に心が惹かれた。
ゆっくりと廻っていくそれに、なんだか宥められているようで。
銀次がふいに小さく笑む。
ざわめきだった心が、妙に落ち着いていくのを感じた。
どうしてだろう。
まるで、暗闇に落ちていこうとしていた銀次の心にも、その明るい光が差し込んでくるかのようだ。




「どうやら、間に合ったな」



その声に、銀次が肩をぴくりとさせて、見開いた瞳のまま背後をゆっくりと振り返る。

「蛮、ちゃん…?」

いつからそこにいたんだろう。
つい先ほどまで気配さえ感じなかったのに、銀次から少しばかり離れた場所で悠然と煙草をふかしている男に、銀次がさらに瞠目する。
驚きの余り、ぽかんと固まっているような表情に、蛮が思わず低く笑いを漏らし、それから銀次を正面から見据えると、一歩一歩踏みしめるように近づいていく。

いつのまにか、周囲は光に包まれている。日中のように、あたりは明るい。


これは。
そうか――。
そういうコト、なんだ…。


蛮の笑みに全てを理解したというのに、金縛りにあったかように身体は動かず、声さえ出ない。
その前を悠々と銀次に向かって歩んでくる蛮が、ふいに片手を背中に隠していることに銀次は気づいた。
なんだろう?
思いつつ、ついつい視線をその手に釘付けにさせていると、蛮が困ったように苦笑した。

え? 何?

声のないまま、瞳で問う。
その琥珀の瞳に、"うるせえ、聞くな"といわんばかりの瞳で牽制して、銀次の目前まで来た蛮が、もったいつけるように一度笑む。

そんなことより、隠してるの何?
ねえ、何ったら。

強請る子供のような瞳に煙草を咥えたままフッと笑うと、"やっぱテメーにゃ、食いモンのがよかったか"と蛮が言い訳がましく言いながら、ゆっくりとその背に隠し持っていたものを銀次の目の前に差し出した。
銀次の大きな瞳が驚愕に、限界まで見開かれる。
想像だにしていなかったその贈りものに、瞠目した瞳が揺れた。
そして、それが次第にゆるやかに細められていき、やがて涙を滲ませたやわらかな笑みに変わっていく。

蛮の手にあったもの。
それは、まったく似つかわしくねぇと本人を唸らせるほどの、その手にさえ余りそうなほどの大きな花束だった。
数え切れないくらいの大輪の真っ白い花が、夜風に花びらを揺らせている。
たぶんそれは、この世のどこを探しても現実的には見つけることの出来ない種なんだろう。
純白の花弁が、眩しいくらいだ。
それをたっぷり凝視した後、銀次の琥珀の瞳が見比べるように蛮を映す。
驚きは、さらに。

わあ。
知らなかった。
蛮ちゃんって、花束とかすごい似合うんだ…。
格好いいや。

蛮の意図しているところとは別の所で感嘆の溜息を漏らし、銀次が心持ち頬を染める。
実際、その巨大な花束を片手で軽々と持ち悠然と微笑む蛮は、銀次を惚れ惚れさせるに充分なほどイイ男だったのだが。
蛮本人は、自分らしからぬ気障な出で立ちに、いかにも居心地が悪そうだ。
ぼおっと見とれていると、"おら、さっさと受け取れや!"と少々乱暴に差し出され、銀次が笑顔でそれを両腕に抱きしめるようにして受け取る。

「ぎりぎりセーフだ。銀次、"誕生日おめでとう"、な?」
「うん…!」

あたたかい言葉とともに、軽く掠めるように、蛮の唇が銀次の唇にふれていく。
「蛮ちゃん…」
思わず、笑みがこぼれた。
と、同時に一緒に瞳からもこぼれおちてきたものに、銀次が自分でびっくりしたように瞳を数度瞬かせる。
蛮が、それに指先を差し伸べ、笑んで言った。

「感動すんのにゃ、まだ早えぜ?」
「え…っ」

言葉の意味が飲み込めず、問うように見つめる銀次の背景が、まるで部屋の灯りが消されるように一度真っ暗になる。
そして次の瞬間。その天上が、突如としてぱあっと明るくなった。
えっ?と銀次が頭上を見上げると、そこには手の中にあるものよりずっと大きな花が、大輪の花びらを光とともに夜空に散らせているところだった。
遅れて、どーんという音が鼓膜を震動させ、銀次がわっと慌てて蛮の背に隠れる。
「ば、蛮ちゃん、これって」
言うが早いか、頭上で再びどーんと音がし、ぱあっ!とまた別の花が開く。
辺り一面が、光に包まれる。
1つ大きな光の花が数度空に散った後、それが合図のように数カ所から一斉に、花火が暗い空に向かって光の尾を引いて打ち上がった。

「わ、すご…」

蛮の背からそれを見上げていた銀次が、思わずぎゅっと蛮の白いシャツの袖口を掴む。
「んだよ? 怖えーのかよ」
「そ、そうじゃないけど。これって、花火?だよね?」
「ああ。去年の夏も、見につれてったろうが?」
「うん、でももっと遠くだったし。こんな真上って。うわっ」
思わず首をひっこめるようにする銀次に、蛮がさもおかしそうにくくっと笑う。
「オレたちの上に落っこちてきそうだよ」
「こねーよ」
「そう言うけどさぁ。わっ」
言いながら、また首をひっこめるようにする。
蛮が、それを肩越しに振り返り、その反応の新鮮さにほくそ笑んだ。

しばらくはそんな風におっかなびっくりだった銀次も、やがてその音にも慣れると、目が眩みそうな光の乱打に瞬きも忘れてそれをじっと見上げる。
「きれーだね」
「おう」
答える蛮に、やっと真上から視線を蛮に戻し、銀次が肩を竦めるようにしてふふっと笑った。
「…んだよ」
「蛮ちゃん、派手ー」
少々、茶化しているような言いぐさに、蛮が片眉を上げてそれを睨む。
むろん、本気ではないが。
「だーれのためだっての」
「オレ?」
「他にいるか」
「うん。いない、よね」
「…ああ」
わかってて今更確認してんじゃねえよと口の中でぶつぶつ言う蛮に、銀次が花束を抱えたまま、その肩口に甘えるように額を寄せる。
「蛮ちゃん」
「ん?」
「オレって、かなりゲンキンかも」
「あ?」
「さっきまで、誕生日なんてなければいいのにって思ってた」
「…そいつはまた、無理な話だがよ」
「そうだけど。でも、そう思ってた」
「今は?」
「やっぱり、あってよかったって。そう思ってる」
「…ああ」
「…一緒に祝ってくれる人がいるから」
「…銀次」
「ありがとう、蛮ちゃん」
微笑むと同時に、涙が落ちる。
シャツを通してくるその涙に気づくと、蛮が目を細め、やさしい手で肩の上にある銀次の顔を片手で辿り、頬に沿って落ちてきた滴を拭う。
そのままそっと、その手の平に銀次の頬を包んだ。
あたたかい手のひら。たくさんの勇気と、愛情をくれるー。
「だいすき」
瞳を閉じて想いのありったけでそう呟くと、パアァン…!という音ともに、銀次の瞼の裏側にも大きな美しい光の花が咲いて散った。
















「ジャスト1分…。滑りこみセーフってヤツだな」
「ぎりぎりラスト1分、だった?」
「まぁな」





その声にゆっくりと銀次が瞳を開くと、そこはただの真っ暗な広場で。
花束も、花火ももうなかったけれど。



目の前には、蛮が居た――。



それだけは夢じゃないと確認して、銀次がほっとしたような笑みと溜息を漏らす。
それでも、まだ半分夢の中にいるようだ。
ふわふわと、足下がたよりない。
頭の芯が、ぼうっとしている。
少しふらついて、両肩を蛮の腕に支えられた。
全身は、幸福感でいっぱいに満たされている。

それを蛮に告げようとして、だが、ふいに銀次の笑みが萎む。
幸せな気持ちと同時に、切ない想いもまた胸に押し寄せるように満ちてきたから。

「銀次?」

こんな風に蛮の想いの深さを知る都度、その甘くほろ苦い切なさが、いつも絞るように銀次の胸を締め付けるのだ。


「おい?」
「……」
言葉が出ない。
「ちっと盛大すぎたか?」
「……」
気遣って、頭を抱き寄せるようにしてくれる、そのやさしさが尚せつなくて。
「おい、どうした?」
項に指が回って、項垂れようとする額を押し上げるようにして、蛮の額が重ねられる。






「ぎーんじ?」
「……」
「泣いてんじゃねぇよ」
「……て、ない、よ…」
「んーじゃ、何だよ。おら、こっち向けって」
「……っ」
「銀次ー」
堪えているのに、そんな風に呼ばれると、どうにもこうにも瞳から溢れてくるものが止められなくなる。
それを気づかれたくなくて、銀次は、蛮の視線を避けるようにして、その首に両の腕を回してしがみついた。
涙にくぐもった声で、蛮の耳に意地っぱりな口が言う。
「もぉ、うるさいよー、蛮ちゃん。オレ、まだ、余韻に浸って、んだから…」
言って、ぎゅっとしがみついてくる身体を腕の中にやわらかく抱いて、蛮がやさしい眼をして低く笑む。
「へいへい」
呟いて、宥めるようにとんとんと背を叩いてくれる手に、その肩で銀次が涙に頬を濡らしつつ小さく笑んだ。


胸が痛いのは、きっとそれだけ蛮を好きだということの印みたいなものだろう。
抱きつく肩に、濡れた頬を寄せて甘えながら銀次が思う。
切なさは、自分が想う以上に相手が自分を想ってくれていることへの、ちょっとした怖さみたいなものかもしれない。

愛情のようなものに、幼い頃からずっと飢えて育ってきたから。
自分の中に根ざしている、それに対するただならぬ執着も知っている。
こんな風にふれることやふれられることの心地よさを、どうしようもなく求めてしまう自分の幼さもよく知っている。

だから今、惜しみなく与えられるそれが、少し怖いのかもしれない。

普段は自然に強く明るくいられる自分が、その出生に疑問を持ち始めただけで、一人だったらさっきみたいに簡単にぐらついてしまう。
そんな不安定さを抱えている事も自覚があるから尚の事、この腕を失った時自分がどうなるのか、考えて少し怖くなる。

もっとも。
同じ危うさを、蛮もまた抱えていることにも気づいてはいるのだけど。



「ねえ」
「あ?」
「蛮ちゃん」
「んだよ?」
蛮の肩からゆっくりと顔を上げ、まだその肩に両手を残したまま、向かい合う形になって銀次が唐突に笑んで言う。
「蛮ちゃん、オンナノコと付きあったらさ。その子、きっと蛮ちゃんに夢中になっちゃうね。…うん。オレが断言する」
いきなりな言葉に蛮が思わず瞠目し、ややあって憮然となる。
このシチュエーションで、どうしてそんな言葉が出るのか、意味を介しかねて眉を寄せた。
「んだ、そりゃ」
「きっと大感動するよ、こういうの!」
馬鹿言ってんじゃねえと睨み付けた視線が、屈託の無い笑顔に跳ね返されて毒気を抜かれる。
それでも口の悪さは相も変わらずだが。
「うるせえ。こちとら柄にもなく気障ったらしいことをしたおかげで、全身トリハダがたってんだ。なーにが大感動だっての」
言いつつ、銀次の手を肩に甘えさせたまま、蛮が不自由そうに胸ポケットから煙草を取り出す。
「そっかな。けどオレ、なんか、胸がぎゅってなっちゃって」
一本を取り出し、その先でトン、と煙草の箱を叩いて、蛮がそれをおもむろに唇に運ぶ。
「あれぐれーじゃ、普通オンナは感動しねぇぞ」
「そうなの?」
目を丸くした意外そうな答えに、蛮が思わず苦笑した。
きょとんとしている顔に、やれやれまったくと思わずにはいられない。

これだから、銀次は可愛い。
普通じゃ、どうしたって抵抗がある事でさえ、蛮をそこまでしてやろうという気にさせる。

「だったら、何がいいんだろう」
「もっと現実的なモンのがいいんだろうぜ? 金のかかったプレゼントとかよ。豪勢な食事だとか」
「そりゃ、そういうのもいいんだろうけど」
うーんと納得いかない顔で唸る銀次に、蛮がそれを見つめ、何でもないことのようにさらりと告げた。



「ま、けどよ。世界中のオンナが悦んだって、テメーが悦ばなきゃ意味ねえからな」




「え…?」



しばし、目をしばたたかせていた銀次が、その言葉の意味を解して思わずバッと赤くなった。
まさか、そんなことを言われるとは思ってもなかったから。

時々、蛮はこんな風にして銀次の度肝を抜くようなことを言うのに、当の本人はそれには意外と無頓着で。
一人内心あたふたとしつつ、銀次が真っ赤になったまま混乱する。
そんな様子を視線の端でたっぷりと愉しみ、蛮が笑みを浮かべつつ、サングラスを中指で心持ち上げた。
こういう時の、意味深な癖。

「ま、オメーが気に入ったんなら、そんでいいさ。てんとう虫かっとばして、探し回った甲斐があったってもんだ」
言われてみて、銀次がはっとなった。
そういえば、ここに一人居た理由って。

「あ、そういや。オレ、また迷子だったんだっけ…」

「ったく! 何かっちゃあ、迷子になりやがってよ!」
「イテッ! だって蛮ちゃん、電話がさー ほら見てったら! 電池切れになっちゃってー」
「充電ぐれー、オメーなら自分で出来るだろうがよ!」
「え。あ、そうか」
「まーったく。なんとか赤屍と一応カタつけてきたものの、肝心のオメーはどこに行ったかわかんねーし。まあ、卑弥呼と別れた場所から動かなかったことは、ほめてやっけどな」
「うん、へへっ!」
殴られた頭を、今度は撫で撫でと掻き回されて、銀次が嬉しそうに笑む。
「…あ、そういや赤屍さん。なんで蛮ちゃんと戦ってたの?」
銀次の言葉に、蛮が途端に苦々しい顔つきになった。
忌々しげに吐き捨てる。
「ああ、あれな。ジャッカルの野郎、茶番に気づきやがってよ」
「茶番?」
「"運び屋"押さえとけってのが、依頼人の意志じゃねーだろってバレたんだよ」
「んあ?」
「何だよ。オメー、気づいてなかったのか?」
呆れたように言われ、銀次がこの依頼を受けてからずっとひっかかっていた疑問に思い当たり、あっと思わず声を上げた。
「もしかして! やっぱあの時――。蛮ちゃん、依頼人さんに邪眼かけたの? あの妙な目つき…ってか、蛮ちゃんずっとしゃべり続けてたし、依頼人さんもそれに頷いてたから、ヘブンさんとかは気づかなかったと思うけど」
「おうよ」
「だめじゃん! お仕事の話の最中なんかに、依頼人さんにそういうことしちゃー。詐欺だよー、それ」
「うるせえよ。オメーも、やる気なさそーな顔してたじゃねえか。"こいつ、気にくわねえ"ってよ」
「そうだけど。それとこれとは、話が別なのです! そーゆーことしちゃあ、奪還屋の信用にかかわるってぇモン…」
「へいへい、んなこたぁ重々承知してるっての」


「だーからな、つまり…」


つまり、蛮の話では、こうだ。

依頼人の話の内容には特にひっかかることはなかったのだが、どうにも一点腑に落ちない箇所があり、その時点でカウンターの波児と軽く目配せをし、そのウラを取るよう頼んだらしい。
邪眼は、その時間稼ぎと、さらに。
奪い屋が高速を使って西に移動中とのことで、"ほう、これは好都合じゃねえか"と考えた蛮は、奪還した物を誰かに依頼人まで運ばせれば、自分たちはそこで一泊でも滞在してから帰ってこれると、ここはまあ手前勝手な都合も邪眼に盛り込んだわけなのだった。
さすがに、赤屍の目は誤魔化せなかったようだが。


「んでも、なんでコッチで一泊しようって?」
「テメー、ずっと行きたいつってたとこあったろ?」
「え…と。―ああっ! もしかして!!」
「おうよ」
「U○J!? 本当!? 本当の本当につれてってくれんの――!?」
「だーから、そのために、んな手のこんだコト… おわっ」
「蛮ちゃん蛮ちゃん蛮ちゃん――!!! 大好き――!!」
「ああ、わかった、わかった。こら、やめろーっての! まだ話の最中だって、聞け、コラァ!」

思い切り抱きつかれ、頬やら唇やら額やらにキスをされまくって、蛮が照れて殴りつける。
怒鳴られても、殴られても、銀次は満面の笑顔で懲りる様子もなかったが。







スバルに戻って一日ぶりに並んでシートにつくと、全身から力が抜けるようだった。
慣れない卑弥呼とのコンビに、気を使って疲れてしまったことやら、菱木とのバトルやら。
なんだか、とてつもなく長い一日だった。
銀次が思う。

でもたとえば、どんなに長く苦しい一日があったとしても、その終わりにこうしてまた二人で一緒にいられるのなら、それでいいと思う。
それ以外のことは、互いに、どうでもいいとさえ思えるのだ。



「ま、いづれ別口から、あの手帳。奪還の話がくるだろうぜ。そっちのがオレらにとっちゃ、本命の依頼人になるだろうしな」
「手帳の? もしかして、やっぱ、本当の持ち主さんがいるってこと?」
「ああ、よくわかったな」
「うん。話の端々に、もしかしてってそう感じたし。だから、蛮ちゃん。よく受けたなあって思ってた。そっか、最初からボったくるつもりで…」
「人聞きの悪いことを言うなっての! ま、そんなわけで長居は出来ねーけどよ」
「うん、わかってる! でも、嬉しいー! オレってやっぱ、世界中で一番しあわせかもー!」
「あ? ああもう、いちいち抱きつくなっての! ったくこの野郎ー。ゲンキンなんだよ!」
「イテッ! えへへっv」








そんなわけで。


オレたちは翌日、一日遅れの誕生日デートを西の地で過ごしたわけなのです。
U○Jで遊び倒して、それから夕方遅くになってからだったけど水族館にも行って、例の観覧車にも乗りました。
一日そんなで、遊び疲れてくたくたになっちゃったけど。
前金使い果たす勢いで、結構いいホテルにも泊まっちゃったし。


でもなんだか、誕生日のほぼ一日を離れて過ごした時間を奪り還すみたいに。
オレたちはくっついてふざけあって、めいっぱい素に戻ってはしゃぎまわったのでした。






はっぴー、ばーすでぃ。オレ。

生まれてきて、よかったね。





だってこの日がなかったら、

GetBackersの"s"は、意味を成さなかったはずなんだから――。













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